
私が一人で住んでいるこの部屋はどこもかしこも床が見えない。ゴミだらけ。散らかし放題。
でも、別に困ってないし片付けるのが面倒だし、少し散らかってる方が安心するし、
だから良いのだ!・・・と、まぁ全く人が訪ねてこない間は良かったのだけれどそうもいかない状態になった。
隣の部屋に強盗が入ったのだ。しかも連続犯らしく、警察の人が私の部屋に聞き込みに来た。
その警察の人、なーんか幸が薄そうな顔してる人だったんだけど。第一声が「うわっ・・・。」っていうリアルな拒絶反応だったのですよ。
さすがに私も恥ずかしくて消え入りそうな声で「すいません。」って謝っちゃったけど、その時は家に入られるわけでもなく
ただ玄関先で知ってることがないかを聞かれただけだったから良かったんですね。
でも、次の日に学校から帰ってきたら私の貯金通帳と保険証が無くなってたから、さぁ大変。
昨日、玄関先で話した幸薄そうな人がマスク片手に嫌そうな顔してやってきて、今まさに捜査というか掃除してもらっている最中なんですね。
「君・・・えーと、さんだっけ。本当に女の子?」という不躾な質問をしてきた幸薄そうな警察の人は山崎さんというらしい。
昨日もなんか聞いたような気がするけど。山崎さんは手馴れた様子で私の部屋の物をゴミ袋に投げ入れている。
服もフライパンも歯磨き粉のチューブも関係なく入れられていく様子に「ちょっ、え?」と私が声を上げると
「こういうのは思い切りが肝心だよ。」とか言ってきやがった。
そんな思い切りを出さなくてもいいから、もう少し丁寧に捜査してください!という私の願いも
女子の部屋と称するにはあまりにも無謀な散らかり具合では口にするのを憚ってしまう。
仕方なく私も山崎さんを見習って必要最低限の物以外はゴミ袋に入れていく。
しばらく無言でゴミ袋に物を突っ込んでいくと、私の部屋の床が見えてきた。
おお、床よ!何年振りの再会だろうか・・・なんて思ってると山崎さんは
「疲れた。」と言って見えた床に座り込んだ。私も疲労感を感じて床に座る。
床に座るなんてこの部屋に入ったばかりの時以来な気がする。
しみじみと感動していると、「さん、彼氏とかいないの?」と山崎さんは呆れ顔で聞いてくる。
「いない、ですけど。」「だよね・・・はは。」なんだその乾いた笑いは。
「ところでさ。」「はい?」山崎さんはものすっごい仏頂面で「これ、あったけど。」
と、私の行方不明だった貯金通帳と保険証を差し出してきた。
「さんさぁ、掃除くらいちゃんとした方がいいよ。」
呆れを通り越した笑いを含んだ声に私は赤面しつつ「はい。」と小さな声で応えた。
今すぐ傍らにあるゴミ袋の山に潜りたい。
掃除してお腹も空いたし、貯金通帳と保険証を探してくれた山崎さんに何か出さなくてはと思い
疲れた体に鞭を打って冷蔵庫を開けると、賞味期限の切れた牛乳しか入ってなかった。
「お腹、空いた。」体育座りをして寂しく呟くと「ピザ頼もうか。」と事情を察した山崎さんに提案される。
私はピザを頼むほど経済的な余裕がないため「え!?いいんですか!?」と笑顔になる。
喜ぶ私に「普通、逆だよね。」と携帯電話を片手に山崎さんは疲れた顔を向けた。
掃除をしてくれた上にピザまでおごってくれるなんて、山崎さんは神か!
2、3日まともな物を食べてなかった私は厚かましくもニコニコが止まらない。
「ありがとうございますっ!」と土下座をすると、「ど、土下座しなくても。」
と上から焦った声が降ってくる。
「ピザという豪華な物を食べるなんて、実家にいた頃ぶりです!」
「君、今まで何を食べて生きてきたのさ。」
「え?もやし、とか・・・。」「は?もやし?」「ええ、茹でて。」
「茹で・・・そんなんじゃ栄養が足りなくて倒れちゃうよ。」「でも、お金ないしなぁ。」
料理が出来ればいいのだけれど、私はお湯を沸騰させたりすることぐらいしかできない。
実家にいた時に母親から習っておけば良かったと今さらながら思う。
少し後悔しているとチャイムが鳴った。
ピザ屋早いなぁ。江戸のピザ屋は宇宙人が経営に携わっているから早いと聞いたけれど、それにしても早すぎる。
「ああ、俺が出るよ。」山崎さんは笑って立ち上がると、後ろのポケットから財布を取り出した。
くだびれた、いや、よく使い込まれていて味が出ているセンスが良い革の財布だった。
この人は趣味が良さそうだ、と伺わさせる。
そんなことをモヤモヤと考えてると、あっしたー!というピザ屋のお兄さんの声が聞こえて、山崎さんがピザ片手に戻って来た。
「ほい。お待たせ。」「うわーい!」
子どものように両手を挙げて喜ぶと、得意げな顔で山崎さんはピザの箱を開けた。
おいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
ほくほくとしたジャガイモやベーコン、バジルなどいろいろな物が乗っているこのピザは、
ポストに投函されるチラシの記憶を思い出す限りでは頼んだピザ屋の中でも一番高い物だったような気がする。
山崎さんから一切れを渡された私は「いただきますっ!」と早口で言うと勢いよくかぶりついた。
口の中に温かい少しスパイシーなピザの味が広がる。「んまーい!」と私が声を上げると山崎さんも
一切れを口に運び「うん、おいしいねぇ。」と頷いて笑う。
それだけのことなのに、なんだか幸せな気分になった。
ゴミが広がった部屋でいつも一人で茹でただけの野菜とかカップ麺を食べていた私は、食事らしい食事を忘れていたと思う。
こんなにも涙が出るくらい美味しいピザを食べたのは、一人で江戸に出て来てはじめてだった。