
校長先生の話が長いのはどこの学校も一緒なのだろうか。
ただ「明日から夏休みだから、みんな気をつけましょう!」って言えばいいだけなのに。
長いグタグタ話を聞かされて生徒はみんなうんざり顔だった。
あと何分くらい話すんだろうかと考えていると肩を叩かれる。
振り向くと怜奈ちゃんが苦笑していた。
「ちゃんは夏休みどうするの?」
「とりあえず部活かな。大会あるし。」
怜奈ちゃんは「がんばってね。」と小声で言うと、にこっと笑った。
つられて笑うと後ろから先生がやって来て「こら、前向け!」と注意される。
私は薄ら笑いを浮かべて先生に「すいません。」と謝り、怜奈ちゃんはベっと舌を出すと前を向いた。
体育館は蒸し暑くて嫌になる。
この気温が高い中に狭い空間に大量の生徒がいるのも暑い原因の一つだし、なによりクーラーが無いのが大きい。
私立のくせに体育館の扉を開けたくらいで涼しいと思ってるこの学校は本当にどうかしてると思う。
さっきから汗が首筋から垂れて背中に伝いワイシャツは肌にべたりと付くのが気持ち悪い。
泳ぎたい、今にも走ってプールに飛び込みたい衝動に駆られる。
手で額の汗を拭うと、前の前にいる本庄くんがちらっと振り返り目が合った。
慌てて顔を伏せる。
私は何を焦ってるんだ、別に私の方を見たわけじゃない。意味はないんだ。
そう言い聞かせて再び顔を上げると、本庄くんは前を向いていた。
安堵して垂れてきた髪を耳にかける。本当に今日は暑い。
終業式が終わると、生徒は各々教室へと帰っていく。
私も適当に流れにのって教室へと歩く。
プールに飛び込むことだけを考えていると手を引っ張られた。
後ろに引っ張られてよろけそうになるが、なんとか地に踏ん張って振り返る。
見ると、大和猛だった。相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている。
私もつられて笑いそうになるが、隣には無表情の本庄くんがいたので慌てて口元を引き締める。
「何か用?」あくまで何でもないように尋ねると大和猛は私の手に紙を押し付けてきた。
思わず受け取ると「それじゃあ!」と、やっぱり爽やかな笑顔で去っていく。
押し付けられた手の中の紙を見ると映画のチケットだった。
しかも、私が一番敬遠しているベタベタな恋愛映画もの。
唖然としたまま本庄くんを見ると彼の手に同じものが握られている。
ああ、謀られたのか。
次のリアクションをどうしようと考えていると、本庄くんはビリビリと映画のチケットを破って足元に落とした。
ついでに私の手の中のチケットを強引に奪うと同じようにビリビリ破る。
「もったいなくない?」恐る恐る聞くと、本庄くんは「別に。」と返してきた。
もうちょっと愛想良くすればいいのに。
せっかくモテる顔してるのに。
心の中で悪態をつきながら、ビリビリに破けたチケットをかき集める。
「この映画、ちょっと見てみたかった。」
ボソっとつぶやけば本庄くんの肩が一度震える。でもやっぱり顔は無表情だった。
「だったら、破く前に言えば良かったのに。」
「うーん、でもやっぱり見たくなかった。」
「は?」
本庄くんは口をぽかんと開けたまま私の顔をじっと見た。
そういう人間っぽい表情をいつもすればとっつきやすいのに、と思わず笑う。
「私、アクション系が好きなんだ。」
「・・・意外だね。」
言葉に詰まったのかそれだけ言って、彼はそっぽを向いた。
本当に面倒な人だ。こういう面倒な人とは付き合いたくない主義なのだけど。
でも、なんだか。
「本庄くんは?」
「え?」
「好きな映画のジャンルは何ですか?」
「・・・サスペンス。」
ふーん、と頷いてチケットだった紙くずを近くにあったゴミ箱に入れる。
これってやっぱり大和猛が用意したものなのだろうか。
前売り料金1500円×2枚=3000円があっけなく飛んでいってしまって大和猛も災難だな。
どうせなら部長を誘って行けば良かったのに。
恋愛ものを映画館で見るなんて大方カップルじゃないか。
「さん。」
遠慮がちに話しかけてきた本庄くんに身構える。
周囲に人がいないか見渡すと、まばらに人がいる程度だった。
それでも大丈夫じゃない。どうしようか。
心臓はさっきからドクドクと激しく波打っている。
「夏休み、暇な日とか、ある?」
「・・・あるよ。」
自分でも驚くくらいあっさりと答えた。
本庄くんは僅かに目を細めると、聞いたことがない優しい声で「いつ?」と尋ねてきた。
私はなんだか足元がふわふわしてきて、慣れないことはするもんじゃないなと思った。