私と母にしてみれば笑えない上京となったけれども、私たち家族は父の東京本社への栄転ということに大変喜んでいた。二つ下の弟は兵庫とは違うなぁと頬が緩んでいた。でも兵庫もお洒落で良い街なんだから、私はすれ違う東京美人にやや引け目を感じつつも弟の背中にそう投げかけた。母は東京に来てからも沈んでいた。母は生まれてから昨日までの数十年間を兵庫で生きてきたのだ。沈まないという方が無理なのかもしれない。


人生で初めてとなる転校はあっさりしたものだった。朝のホームルームで自己紹介をした後で一番後ろの空いてる席に着くように言われ指示通り席に着く、と何事もなかったかのように授業がはじまってしまった。まぁ転校なんてこんなもんかと新しい教科書を鞄から取り出す。「教科書が無いから見せて。」と隣の席の子に聞くのは漫画の読みすぎなのであろうなと新しい教科書を撫でる。さっき職員室で一式渡されたのだ。そりゃあ転校して来るのがわかってるのだから用意もしてくれるだろう。


やはり、というか良かったというか転校初日は何事もなく終了しかけていた。休み時間に何人かの女子が話しかけてくれたり学校のことを教えてくれたりして今までの兵庫での平凡な学校生活と変わりない生活が送れるだろうと喜んでいた時だった。とてつもなく赤い奴が現れたのは。


そいつは今までの人生で見た中で一番赤い、と思う。いや、なんというか赤い。そう赤いのだ。髪の毛や目も赤い。体の染められる部分は赤く染めちゃいました、と言われたら納得する赤さだ。本当に赤い。


東京はこれが普通なのだろうか、だとしたら私は東京でやっていけないかもしれないと思いながら赤い奴をしげしげと見ると、どうやら私の視線に気づき寄ってきた。寄ってこられても困る。逃げようかと一歩下がると実に気軽に赤いのは話しかけてくる。「見かけない顔だな。」そりゃ転校生だからな、と私は心の中で冷めた調子で返すが表には出さずに丁寧に返す。「ええ。今日転校してきたんです。」声が上ずってしまったが笑顔で言うことが出来た。だけれども赤いのは私を見て「俺と君の音楽性は合う。」と真面目な顔して意味が分からないことを言ってきた。直感的に、この人は変な人だ、と感じる。冷や汗が出てきて、どうしたら転校初日に音楽性が合うか合わないかの話をされる状況に陥るのかと自分と赤いのを呪った。


これからどう切り返せばいいのだろうか。真面目に?しかし、冗談だった場合はこちらも軽いノリで返さなくては後がツライ空気になる。もしかしたら転校生だと知って軽い冗談で言ったのかもしれない。そうだ。そうに違いない。むしろそうであってくれ。私は意を決して「私もそう思ったんですよ〜。」とクラスの女子に言うように軽口を叩いた。


だがそれは大きな大きな、とても大きな間違いだった。後から知ったことだけれども、赤羽隼人はいつでも本気で天然で、そして意味がわからないやつだったのだ。


赤いのは私の手を取り「名前は?」なんて聞いてくるので、正直ぞわぞわしながらも「です。」と真面目に答えた。この時、気軽に答えなければ良かったとやっぱり私は後から後悔することになる。「、家はどこだ?」赤いのは大事な手順とかなんやかんやを三段抜かしで言ってきた。もちろん私は引いた。「あの、どうして家を。」「家に送るためだが。」それがどうした?とまるで私が変な質問をしたみたいな目で見てくる赤いのに目眩がした。「家の場所は歩きながら教えてくれ。」赤いのは私の手を無理やり引っ張ってまだよく知らない街へと私を運んでいった。