画面には話題の女子アナが微笑んでいる。 さっきから私の好きなバンドのヴォーカルとその女子アナが結婚したことがテロップで流れ続けていた。 突然の出来事に放心しつつも、美人って得だ、と思う。 素直にそう言うと兄は適当に「そうだな。」と返してきた。 「これは、ファンの女の子たちが発狂するね。」 「女ってなんでそう熱くなれるのか不思議だな。」 さらっと言われた兄の言葉に昨日のアメフト部の練習試合での女性徒の熱狂的な応援模様が蘇り、私は苦笑いするしかなかった。


教室に向う途中に昨日掃除をしたプールを見ると、プールには水がだいぶ溜まっていた。 これはもしかすると放課後に泳げるかもしれない。 にこにこしながら教室に入ると一斉に視線を向けられる。 ただならぬ雰囲気に辺りを見渡すと、仲良くしてる怜奈ちゃんたち数人が近寄ってきた。 「ちょっと、来て。」半ば引きずられるような形で教室から出ると、怜奈ちゃんは眉を八の字にしながらも驚くべきことを聞いてきた。 「ちゃんと鷹くんって付き合ってるの?」 「は?」思いがけない質問に目が点になると、怜奈ちゃんたちは目配せした。 「それがね、昨日のアメフト部の練習試合の前にちゃんと鷹くんが二人きりで会ってて、まるで恋人同士みたいな雰囲気だったって噂が広まってるの。」 「え?ええええ!?いやいやいや!私と本庄くんが付き合うなんて有り得ないでしょ! なんっていうか、ほら、どっちかってゆーと私って本庄くんに嫌われてるっぽいし?」 「そうだよ。」 一際冷たい声に私も怜奈ちゃん達も体を震わせる。 声の方に目を向けると、本庄くんがいつもと変わらない無表情のまま立っていた。 その無表情になぜか安心しつつ、何の言葉も出ずに私もただ立っていた。 怜奈ちゃんたちは私と本庄くんを交互に見ると、先ほどのように目配せして頷きあった。 何を今さら。わかってることなど最初から一つしかない。そして、それは彼女たちを満足させるものであることも私は知っている。 「俺はさんと付き合ってない。」 その一言は絶大な力だった。目の前には笑顔の女性徒たち。 彼女たちの笑顔と朝の女子アナの笑顔が重なる。 女ってなんでそう熱くなれるのか不思議だな、という兄の言葉も蘇る。確かにそうだ。 こんな愛想もない男に踊らされて一喜一憂するなんて。 なんだか可笑しくなってきた私は笑うことを抑えるために顔を伏せる。 私が気を落としているのかと勘違いしたのか怜奈ちゃん達は私に「ごめんね。」と謝ってきた。 それなのに女の子たちの奥に秘めた薄暗いものを感じ、背中がぞくりとする。 これは本庄くんに取り繕うために謝っているのだと直感する。 騒動はその日の午後には女子の情報網ってやつであっけなく終幕した。



一週間後には夏休みが迫っていた。 水泳部は大会前の追い込みで皆気合が入っている。 とても良い雰囲気である。 皆練習を誰よりもしたがるのでコースでの練習も交代になる。 私は隅で順番を待ってる間にぼんやりと水面を漂ったり、なんとなく水中に潜ったりして時間を潰していた。 隣のグラウンドからアメフト部の掛け声が聞こえてくる。 相変わらず教室内では本庄くんとは話もしないし、目も合わなかった。 ただ、変わったことと言えば部長と大和猛が付き合いはじめたことだった。 あの練習試合の日以来、大和猛は手際よくメールアドレスを交換して部長をデートに誘っていたのだった。 確かに大和猛だったら付き合っても良いかもしれない。 でもなぁ。 ぶくぶくと泡が水面に上っていく。いい加減苦しくなってきたので水上に顔を出すと、やはり目が合う。 だけど、目など合ってないかのように顔を伏せる。 フェンスの向こう側の本庄くんと目が合うのは彼と席が隣になる前からの出来事であった。


今も私は知らない振りを続けている。