
「佐々木、私もう死ぬ。本当にダメ。死ぬっていうかダメっていうか死ぬっていうかダメっていうか。」
私が呪文のように呻くと隣の席の佐々木コータローがうんざりした顔を向けた。
「おい、死ぬのかダメなのかどっちかにしろよ。」佐々木はズレた返答をしながらも私の方へ姿勢を正す。
どうやら今回も私の愚痴に付き合ってはくれるらしい。本当に佐々木ってば優しいやつ!と思う。
ジュリちゃんも早く佐々木の優しさに気づいてあげてください。
まぁ、具体的に私がどうこうしてあげることはできないけれど。
友の幸せを願いつつ肝心の私の悩みを解き放とうと口を開きかけた。
だけど教室のドアの向こう側に、たぶん本人は隠れたつもりなのか、
隠れきれてない赤羽が見え私の悩みは羽ばたく前に水没した。
「ああああ赤羽が!」赤羽の姿が見えただけで顔全体が一瞬で熱くなった。
昨日のあの光景がフラッシュバックする。
佐々木は不味い食べ物を食べたような顔をして私と赤羽を交互に見る。私の頭はまっ白だった。
変な汗も出てきた。この状態で赤羽と顔を合わせるなんて恥ずかしすぎる。
「え?おい!なんかすっげぇ顔真っ赤だけど大丈夫なのかよ!?赤羽に何かされたのか!?」
佐々木はぎょっとしつつも、いつもの癖で髪の毛をブラシですくいあげる。
一通り梳かし終わるとブラシをポケットにしまって「赤羽に変なことしないように言ってやるよ!」と大声で言うと席から立ち上がる。
それはマズイ、と私が慌てて佐々木の制服の袖を掴むと赤羽が彼には珍しく足音をたてて私達の方へと向ってきた。
でも、私は赤羽の顔を直視なんてできるはずもなく佐々木の後ろに身を隠した。
それが気に障ったのか赤羽は、やっぱり彼には珍しく顔を歪めて嫌そうな顔をした。
もちろん天敵である佐々木が赤羽の嫌悪丸出しの顔に苛立たないわけもなく、彼らはいつも通りの喧嘩をはじめた。
まぁ喧嘩といっても佐々木が赤羽に叫んでいるだけというか、赤羽が佐々木の叫びを丸ごと無視しているだけというか。
二人の騒ぎを喧嘩と呼ぶのにはいささか疑問も残る。
たまーに赤羽が佐々木に言い返すこともあるけれど。
とにかく私は今日は赤羽と顔なんて合わせられない心境なので、目の前で起こった騒ぎに乗じて逃げ出した。
心の中で「佐々木ごめん!ありがとう!」とひたすら唱える。
とりあえず、この時間は誰もこないであろう校舎の隅の一番下まで走った。
この下の踊り場はゴミ捨て場になっているので掃除の時間以外は誰も来ないのだ。
踊り場の手前の階段に腰を下ろすと、冷静に昨日のことを思い返した。
昨日、赤羽とカラオケに行ったのだ。別にカラオケに行くのは良いのだ。
ただ、行く前に「私は歌いたくないからね!絶対嫌だからね!」と何回も念を押したはずだったのである。
赤羽は「俺がのために歌を歌いたいから来てくれ。」とか薄ら寒いことを言ったけど、
とりあえず私は歌わなくて済むなら別について行っても良いと思ってついて行った。
それなのに赤羽は、あろうことか、無理やり私に歌を!
歌を歌わせたのだ!
絶対嫌だ!って言ったのに歌わせたのだ!嫌だって言ったのに!
だって、だって私、超絶音痴なのに・・・・!
もうアレは拷問かと思った。もしくは一種のプレイかと思った。
しかも、赤羽の野郎はめちゃくちゃ難しい静かめなバラードを選曲して勝手に入れていた。
挙句の果てには「、俺のために歌ってくれ。」とかふざけたことも言っていた気がする。
もちろん私はちゃんと歌い出しから拒否した。
「私、歌わないって言ったじゃん!」と全力で拒否した。
だけど赤羽は「下手でもいい。」とか言い出しはじめて、なんやかんや言い合ってるうちに
「ワンフレーズでもいいんだ。最後のところだけでも頼む。歌ってくれないなら・・・ここで甘美な歌を聞かせてもらう!」
とか言って迫ってきて身の危険を私も感じたのだ。
だから、歌ってしまったのだ!あれは不可抗力みたいなもんだ!
もう歌い終わった後のことは思い出したくも無い。
はじめて家族とカラオケに行った時に家族みんなに爆笑された記憶や、友達に微妙な顔されて「ごめんね。」と謝られたことなど
思い出したくもないことまで思い出してしまう。
一通り思い出すと、私は深く溜め息を吐いた。
別に赤羽に音痴だと知られても全然問題はな・・・ちょっとはあるけど。
とにかく恥ずかしいものがあるのだ!
だって赤羽ってば歌は上手いし、ギターは上手いし、アメフトは上手いし、勉強は出来るし・・・完璧すぎだろう。
対して私と言えば歌は下手だし、カスタネットで手を挟むし、アメフトはラグビーと間違えるし、赤点はとるし・・・残念すぎだろう。
不釣合いすぎて笑ってしまう。もし、私が逆の立場だったら絶対付き合わないと思う。
っていうか、なんで私と赤羽って付き合ってるんだろう。
そういえば私、最初は赤羽のこと「なんか頭のおかしい人だ!絶対近づかないようにしなきゃ!」と認識していたはずだった。
それが・・・ああ、そうだ。
去年のクリスマスに佐々木とジュリちゃんを近づかせようと3人で買い物に行って
途中でわざと私がはぐれて二人きりにしようっていう作戦を立てたのがきっかけだった。
当日、予定通りはぐれようと思ったのに、都合よく赤羽が現れて結局4人で行動することになってしまった。
私はもちろんちゃんと赤羽の隣を歩いて佐々木に協力した。
その後に成り行きで佐々木の家でパーティーをして、お酒を少し飲んで酔っ払って赤羽に付き添われて帰って突然告白されて。
それで、結局は私、雰囲気に流されて勢いで付き合うことを承諾したんだった。
後で聞いたらジュリちゃんと赤羽が組んでいたのだけど。
確かに向こうから付き合おうと言ってきたし、私の何かを気に入ってるんだから別にいいかと思っていた。
だけど、よく考えれば考えるほど私は赤羽には釣り合わないと思うのだ。
それが時々不安になったり、昨日の些細な出来事でショックを受けて落ち込んだりするのだ。
自分でもネガティブすぎるとは思う。
誰かが降りてくる足音がする。たぶん、今一番会いたくない人だろう。
独特の溜め息と「。」と低い声が聞こえて、横に腰を下ろされた。
見上げるとやはり、足音の主は赤羽だった。
「嫌だって言ったのに。」
拗ねた声を出しても、赤羽は無言だった。
代わりにギターをギャーンっと掻き鳴らす。
このギターでギャーンやギューンは返事なのかそうでないのか未だによくわからない。
赤羽のことだから、もしかすると深い意味は無いのかもしれない。
しかし、コミュニケーションを取り辛いったらありゃしない人である。
「俺はが俺のために歌ってくれたから泣いたんだ。」
赤羽はそう言うと、顔を伏せる。
「だったら、なんで昨日も今も笑ってんのよ!」
私が顔を真っ赤にして叫んでも、赤羽の肩は小刻みに震えていた。