浩二からアメフトをしていると聞いて私は笑ってしまった。「んだよ。」「だって、浩二とスポーツってさ。」「はいはい、似合わなくて悪かったですねー。」そう言うと浩二はそっぽを向いてしまった。私は再び机に向ってノートを開いた。授業が眠たかったのかノートの字がミミズのようにのたうち回っていた。自分で書いたのに自分で読めない。明日友達に借りなくては、と思い教科書だけ取り出す。後ろにいる浩二が無言で私のベットに潜り込んだ気配がした。また人のベットを勝手に。でも浩二に言うだけ無駄なので何も言わないことにした。浩二は何でも私の物を自分のように使う。昔からそうなので慣れてしまった。
一通り明日の予習が終わると、何か飲みたくなってきたので椅子から立ち上がった。振り返ると浩二がベットに横たわりながらもこちらを見ていて私は驚いた。「なに?」「さー。」「うん?」「学校楽しいわけ?」「はぁ?」突然、父親みたいなことを言い出す浩二に私は目を丸くした。椅子に座ると浩二も起き上がってベットの上に座った。「お前、なんで泥門こなかったのかなーって思ってよ。」「そりゃあ中学受験してそのまま附属の高校に進学したから、かな?」「俺と違って頭良いしな。」「どうしたのさ。」「いや、お前も泥門来てたら楽しいのにって思っただけ。」浩二はそう言うともう一度私のベットに潜りこんだ。眠たいなら隣の自分の家に帰ればいいのにと思う。「なんか飲む?」「いらねぇ。」「そう。」
私の家は両親と姉2人だった。2人の姉は私とだいぶ年が離れていて、両親は私にお金をつぎ込んだ。つぎ込んだ、というのには語弊があるような気もするけれど、両親が私にお金をかけたのには違いない。二番目の姉がいつも一番上の姉のお下がりなのに対し、私は全部の物が新品だったし小さい頃からいろいろな習い事もさせてもらっていた。よく二番目の姉からはそこのことで文句を言われることがあるが、年が離れているせいかそこまで強く言われない。浩二の家も似たような家族構成で、浩二は男三人の兄弟で二番目だった。なんとなく、浩二は私の二番目の姉と同じことを私にも感じているようだった。私が私立中学校を受験した時も散々文句を言われた。
麦茶を片手に持って部屋に帰っても浩二は寝ていた。運動部だから疲れてるんだな、と放っておくことにした。私の学校はつまんない学校だった。勉強ばかりさせられ部活は後回しにされる、そこそこ有名な進学校だった。公立の小学校で優等生だった私は受験した私立の中学校では普通だった。普通の私は高校でもやっぱり普通だった。クラスメイトも学力で差別するようなやつらが多くて学校生活は楽しくもなんともない。浩二の言うように泥門に浩二と一緒に通った方が楽しかったかもしれない。まぁ今さらどうにかなることじゃない。麦茶を一口飲むとベットに潜り込んだ。浩二が寝ぼけつつも「寒い。」と私の掛け布団を引っ張る。外は雪が降りそうだった。今年はホワイトクリスマスになるかもしれない。それでも、彼氏のいない私は今年のクリスマスも変わらずに両親が買ってきたケーキを食べて勉強して寝るのだと思うと気が滅入る。ふと、隣で寝ている浩二が彼氏だったら良いのにと思った。こんなに毎日顔を合わせていていい加減顔は見飽きたけれど、浩二と一緒にいるのは飽きなかった。私は私が思うよりも浩二のことが好きなのかもしれない。浩二はこう見えて私が嫌がることは絶対しない。小学生の時にイジメられた私を助けてくれたのも浩二だし、近所のよく吠える犬の前を通る時に手を握ってくれたのも浩二だった。浩二は頼れるやつなんだ。よく見れば顔も良い方だと思う。スポーツをしはじめたらしいし高校ではモテるんだろうな、と思った。そうだ。私じゃなくても浩二を良いと思う人はいるかもしれないのだ。浩二も幼馴染という手近で可愛くない私なんか選ばないだろう。そこまで考えると眠気に襲われ私は瞼を閉じた。
叩き起こされたのは眠りについてすぐのことだった。目を開けると浩二が烈火のごとく怒っていた。「このバカ女!ほんっっとーに信じらんねぇ!!」「なに?なんかあったの?」「人が寝てんのにベット入ってくんなよ!」「は?ああ、うん。」なんだそんなことかよ、と顔を向けると浩二はムっとした。「俺は男でお前は一応女だぞ。」「一応ですか。」「普通はそういうことしねーの。」「浩二だからいいじゃん。」浩二は舌打ちをする。相当イラついているようだった。「そういう問題じゃねーよ。」「じゃあどういう問題よ。」浩二の怒った言い方に私もムっとして返すと、浩二は答えにつまったのか黙ってしまった。
しばらく沈黙すると、浩二が自分の鞄をごそごそ漁り始めた。帰るんだなと思い、再びベットに入ろうとすると浩二が肩を叩いてくる。「これをお前にやる。けど、一つ条件がある。」「なにこれ?」「俺が出る決勝戦のチケット。」「決勝戦?」「しかも全国だぜ。ぜ・ん・こ・く!」得意げな顔をすると浩二はベットに腰掛けた。私も布団から足を出して座る。「へぇ、すごいね。泥門って強いんだね。」「ま、俺がいるからだな。」それは怪しいな。浩二がスポーツ選手なんて結びつかない私は笑った。「笑うんじゃねーよ。」「それで、条件って何よ。」「あー、それはだな。」浩二は咳払いをした。「このチケットは身内とかに配る特別なチケットなんだよ。」「へぇ。」「が俺の彼女になるなら、やる。」浩二の顔は真っ赤だった。そうか、それでさっきベットに入った時に怒っていたのかと納得する。こいつ、私の事をなんだかんだ言いながらも意識していたのか。私はなんだか恥ずかしくなって浩二の手に握られているチケットを乱暴に取った。「仕方ないからなってあげましょう。」その言葉に浩二は不満だった様子で「可愛くない女!」と言ってそっぽを向いた。「ところで、いつから決勝戦って東京スタジアムになったの?」「あ?」「だって決勝戦って花園でしょ?」

「それはラグビー!!!」「え?何が違うの?」「はぁぁぁぁ、そうだった。お前ルールも何も知らないんだよな。」浩二は苦笑いしたけど、どこか楽しそうだった。