「じゃーんけん、ほいっ!」男子水泳部部長の掛け声にグーを一人出した私は深く頭を垂れた。 気の抜けた掛け声で一回戦から負けてしまった。周りの部員からは一斉に安堵の声が漏れる。 「ほらほら、ちゃんと私と男子部長だけじゃなくて何人か必要なんだからね!プールの大掃除!」 女子部長の声で他の部員の目が再び真剣になる。 屋外にある我が校のプールはすぐ汚れてしまうので、定期的にプールの水を抜いて大掃除をしなくてはならない。 その掃除がキツイのなんの。掃除の時だけは水泳部員ではありたくない。 だけど、日頃使っているプールでもあるし。 綺麗にして私が卒業した後に後輩にも気持ちよく使ってもらいたいから掃除はしなくてはと思う。 思うんだけど、やっぱり掃除は面倒だ。


日曜日のプール掃除精鋭隊は朝から目が死んでいた。なにせ早朝の6時から掃除をしなくてはならないことになったのだ。 なんでこんなに朝早くから?と思ったら、グラウンドでアメフト部が他校と練習試合をする関係だとか。 別に横で掃除くらいしてもいい気がする。 しかし、先生方が言うには掃除の時にはしゃいでる声が練習試合でいらしゃっる他校の皆様に迷惑になり、 さらに我が校の品格に関わるからだとか大人の理由があるからそうもいかないらしい。 そういうことで、プール掃除精鋭隊は黙々とデッキブラシで汚れを落とし、もうすぐ夏だとはいえ早朝は冷たい水に震えながら洗い流していた。 掃除を始めてから2時間くらい経ち、大部分が終わりかけていた頃にはグラウンドの方が騒がしくなった。 見ると、アメフト部が準備体操をしている。 選ばれし精鋭隊の男子が横で「くそっ、あいつらのせいで俺4時起きや。」と悔しそうにつぶやいた。 みんなも彼に同情の視線を向ける。彼の家は帝黒からだいぶ遠い。 私の家は自転車で通えるくらいの近さなので、いつもより早起きする程度だった。 そうは言っても、いつもより時間が無かったので髪の変な寝癖を直せないまま出てきてしまったけれど。


ビート板がプールの隅にある倉庫から溢れていたのが見えた。 毎回のように部活終了後に男子が遊びでビート板を引っ張り出しており、ちゃんと片付けていなかったようだ。 仕方ないなと倉庫に向うと、倉庫の陰にいて見えなかったがフェンスの外側に女性徒が数人いた。 なんだろうと思いつつ大きいビート板をずるずる引っ張り出して畳み直す。 「私、今日こそは鷹くんに受け取ってもらう!」「私は大和くん!」「みんな、頑張ろう!」 聞こえてくる女子生徒の会話に、ああアメフト部の追っかけかと納得する。 彼らはこの学園じゃモテモテなのだ。 よその学校に通っている友達に聞くと「アメフト部なんか学校にないし、そもそも何そのスポーツ?」とのことらしいが。 うちの学校は特殊なのかもしれない。 よいしょと掛け声をかけながらビート板を倉庫に押し込む。 最後の押し込みと同時に耳をつんざく黄色い悲鳴が聞こえた。 驚いてそのまま倉庫に倒れこんでしまい、上から男子がやっぱりちゃんと片付けてなかった練習用のビート板が大量に降ってきた。 ちゃんと片付けろ、男子諸君。


ようやくビート板を片付け終えて倉庫から出ると、男子が水着に着替えていた。 なんて行動が早い人たちなんだ。もう入る気まんまんらしい。 プールの水は一日じゃ溜まらないから二日は出しっぱなしなのに。 少ない水量のプールで足だけでも水でパシャパシャするのだろうか。 プールサイドでは他の女子部員達がアメフト部を見ている。 女子の方に合流すると、誰それはカッコイイとお決まりの会話をしていた。 男子水泳部員のことでは欠片ほども出ない話題に思うわず苦笑する。 さっきの女子生徒といい、アメフト部は本当に人気があるのだと再確認する。 グラウンドを向くと遠くの方に隣の席の本庄くんらしき人が見える。 彼はレギュラーだから今日の練習試合に出るのかもしれない。 もし出るのだとしたら、頑張ってはもらいたい。 私がジっと見てるのが珍しかったのか、部長が「ちゃんってばそんなに真剣に見ちゃって。なになに?気になる子がいるの?」とはしゃぐ。 私が普段そういう話をしないので部長は嬉しそうだった。「いや〜別にそういうのは無いっす。」 なにやら面倒なことになりそうだと思い適当に流した。けれど、隣で話を聞いていた同学年の女子がニヤニヤしながら私の横腹をつつく。 とても嫌な予感がする。 「え〜でも、ちゃんって本庄くんと隣の席なんでしょ?良いな〜!なにか話したりしてないの?」 その発言に他の女子が色めき立つ。中には「ずるーい!」と頬を膨らましている人もいる。 好きで隣の席になったわけではないのだけれど。 それに本庄くんは基本的にしゃべらないタイプらしく、何度か話しかけてみたものの返答が無いことが多いので会話を諦めてしまった。 だから羨ましがられたり嫉妬されるのには困ってしまう。 そういえば、今思うと席替えしてからの初日は周囲の女子からの視線が心なしか冷たかった気もする。 私と本庄くんの間に何も芽生えそうにないと感じたのか、次の日にはそういった視線も感じなかった。 あの時は少し嫌だとは思ったけれど、みんな高校生活を頑張ってるんだなと逆に感心した。


男子部長に後のことをまかせて女子は解散ということになった。 私と女子部長以外はアメフト部の練習試合を観戦するということだったので、先に帰ることにした。 2人で門まで歩いていると、前方からさっき話題になっていた本庄くんと大和猛が歩いてきた。 挨拶くらいした方が良いのかと考えてると、大和猛がずんずん寄って来て話しかけてきた。 「君がかい!?」全然まったく話したこともないのにいきなり名前で呼ばれ面食らう。 後ろから本庄くんが慌てて追いかけてきて大和猛の腕を引っ張った。 だけど、ガタイの良い体を持つ大和猛にはスポーツマンの本庄くんも敵わないようで、 大和猛は「どうしたんだ?」と軽快に笑った。 この大和猛のどんなスポーツでも有利なガタイは素直に羨ましい。 鍛えられた胸板を見ていると大和くんは私の両肩をつかんだ。 そして、あろうことか「うん!可愛いじゃないか!」と満面の笑顔で言い放つ。 私が吹き出すと同時に本庄くんが教室じゃ聞いたことのない大声で「大和!!」と叫んだ。 「別にいいじゃないか。」「良くない。」 本庄くんがビシっと言うと、大人しく大和猛は私の両肩から手を離した。 その横で笑いを押さえきれずに部長が笑い出す。 別に笑わなくても。 確か大和猛って帰国子女なんだよなと思い出し、外国流の挨拶と受け取っておくことにした。 「あー・・・どうも。」とりあえずお礼を言うと、にこっとされる。 その笑顔は爽やかで、女子に人気が出るのも頷けるほどだった。 彼女いること間違いなしだ。


「そうだ!練習試合するんだけど見ていかないか?」 大和猛の誘いに部長と顔を見合わせる。チラっと本庄くんを見るとそっぽを向かれてしまった。 あまり見て欲しくはない様子だったので、どうしようかと迷う。 次の日にはきっとそういう話題もしなくちゃならないし。 前の席の男子のように話してくれる人だったら良いのだけど、あいにく本庄くんだ。 絶対に無視される。今から考えるだけで面倒な話だ。 断ろうと口を開きかけると大和猛が「じゃ、場所はあの辺りがいいな!」と勝手に観戦場所の提案をしてきた。 まだ試合を見るとも見ないとも言ってないのに、なんて強引な。 部長は強引な大和猛がツボに入ったようで、さっきから横で笑っている。 「せっかくだから見ていこうよ。」部長はニヤニヤしながら言うと、「さぁ、こっちだ!」と先導する大和猛について行ってしまった。 場に残った本庄くんを見れば鋭い視線を返された。 悪いことは何もしてないのに、なんだか自分が悪い気がしてくる。 それにしても、この私の睨まれようはいかがなものなのだろう。 目の前に揺れる銀色の髪の毛を全部残らずむしりたい衝動に駆られながらも、 私は愛想笑いを浮かべ「頑張ってね。」と表面を撫ぜるような声援を送るのが精一杯だった。