
私が大和猛に出会ったのはもちろん中学校に入学した時であったが、その時も別段良い印象は無かった。とはいっても、一年の時には別の校舎で二・三年生の時には一番遠いクラスだったので私たちの間に接点など一つもなかった。だけれど、高校に入ってすぐ同じクラスになってしまった。我ながらツイていないと思う。なぜなら、同じクラスに大和猛がいたら大変だからだ。他のクラスの女子や他学年の女子からラブレターなどなどなどを渡して欲しいと頼まれたり、彼の好きなタイプを聞いて欲しいと頼まれたりする。彼女たちからすると仲が良いクラスメイトの女子は危険分子らしいので、そんなに彼と仲良くないクラスメイトの女子の方が何かと都合が良いらしい。それなら自分で聞けよ、何度思ったことか。彼女たちが怖すぎて言えないけれど。
今日も今日とて、私はよく知らない他クラスの女子からラブレターを預かってしまった。断ればいいのに何やってんだ私。自分で自分に暴言を吐きながら、いつものように大和猛の下駄箱に手早く突っ込ませた。クラスで喋ったことなど一度も無い私にどうやって正面きって渡す術があるというのだろう。頼んだあの可愛いらしい女の子も私じゃない子に頼めば良いのに、なぜ私を選ぶのだろう。しかし、目的は達成したからあの女の子は私を選んで良かったのかもしれない。大和猛がラブレターを全部ちゃんと読んでいるかはわからないが、渡したことは渡したのだ、たぶん、そのはずだ。奇妙な使命感と達成感を感じていた私は、調子に乗っていたのかもしれない。振り向いた先に大和猛がいたことに全く気づいてなかったのだから。
うああうわぁ・・・・だ、だけどあれは私が書いたラブレターじゃないのだ。無断で他人の下駄箱を開けたことは悪いと思うけれど。別に靴を隠したとかそういうんじゃないし。5秒で自分を正当化させると私は冷静さを取り戻した。ちょっと死にかけたが。それに大和猛が私の行動を見てたかどうかはわからない。振り向いた時にちょうど下駄箱のところに降りてきたのかもしれない。今、驚いたり焦ったりしてはかえっておかしい、気がする。はじめから見られてたらお終いだけれども。幸いにも大和猛はその後ろにいた本庄くんに呼ばれたので、私は脱兎のごとく逃げた。
次の日の朝、下駄箱を開けると何やら手紙?が入っていた。まさかのイジメだろうか。放課後ちょっと来いや、という果たし状かもしれない。恐る恐るそれを鞄にしまうと、急いで女子トイレに入って個室の鍵を閉めると封筒を手早く開けた。そこには『手紙ありがとう。僕ものことが好きだから、とても嬉しかったよ。ぜひ恋人になってほしい。』と書いてあった。え!?ラブレター!うっそ、マジで?私にも春が来たんじゃーん!と小躍りしたのも束の間だった。最後に添えられた名前は大和猛だったのだ。
女子トイレの個室の中で私は一人頭を抱えていた。改めてよく読み返せばなにか変だ。『手紙ありがとう。』とは、昨日の手紙のことだろう。もしかすると、あの頼んできた可愛い女の子は自分の名前を手紙に書かなかったのかもしれない。それで大和猛が間違えたという可能性だ。だけど、大和猛は私なんかより何百何千何万倍も美人な女の子に告白されているのだ。日常的に。それなのに一般市民な私を好きになるんだろうか。これはあれだ。からかわれているのかもしれない。きっと、「あいつなに勘違いしてんの?」みたいな流れで今頃は仲の良い男子たちと笑っているかもしれない。そうだ、そうに違いない。私はからかわれているのだ。あー良かった良かった。良くないけど。
ようやく個室から出て教室に入ると誰もいなかった。そういえば朝一で体育なのを思い出す。早く着替えないとまずい。体育の先生は遅刻に無駄に厳しいのだ。体操着を持って更衣室に向おうと教室のドアを開けると、大和猛が突っ立ていた。私は思わず仰け反った。もしや、私の反応を見に来たのか。だとしたら、こいつの仲間もどこかで見ていて今の私の仰け反った反応に対して笑いを堪えているかもしれない。笑われるのはすごく嫌だ。だけど大和猛に今ここで「あのラブレターは私のじゃないです!」とも口に出して言えなかった。もしかすると、今の私の立場は頼んできたあの可愛い女の子だったかもしれないのだ。いや私より断然可愛いからそんなことないかもしれないけれど。でも真剣に書いたラブレターを笑われるなんてことがあるのならとても可哀相だ。それならば書いてない私が笑われた方がダメージが少なくていいに決まってる。私だって笑われるのは嫌だけど。とりあえず、軽くお辞儀をしてその場から立ち去ろうとした。だけど、大和猛は「手紙読んでくれた?」と明るい調子で聞いてきた。なんだか拍子抜けるような態度だったので私は「は、はい。」と思わず普通に返答してしまった。そうしたら、大和猛は「そうか!じゃあ今日からよろしく!」と私に思いきり抱きついてきた。30秒くらい死ぬかと思うくらい強く抱きつかれ、ようやく離してもらうと彼は心底嬉しそうに笑った。その時私は、彼は私のことが本当に好きなのだと変な確信を持ってしまった。