前を歩くちゃんは僕のワイシャツの裾を引張ってずんずん進んでいく。
引張られているおかげで、右のシャツの裾がだらしなく出てしまっていた。
左の裾も飛び出そうになった頃、ようやく彼女の足は止まり僕も立ち止まる。
ちゃんはつかんでいた裾から手を離すと振り返って僕を睨んだ。
ぎょっとして思わず視線を左に泳がせると、彼女は左に素早く移動して僕と目線を合わせようとする。
いたたまれなくなって逆の右の方に視線を泳がせると、彼女はムっとした表情で右に移動した。
僕はついに観念して、彼女と目を合わせ力なく笑った。
もちろん彼女はいつものように笑い返してくれるはずもなく、口をへの字に曲げている。
そして「ヒロミくんの馬鹿!」と叫ぶと僕に突撃してきた。
突然のことに避けきれず低く呻く。
ちゃんは「絶対、行くんだから!」と、さっきよりも大きな声で叫ぶと廊下を走って行ってしまった。
残された僕はお腹を押さえながら周りの人の冷たい視線を浴びていた。
「如月、彼女と喧嘩したの?」マルコくんは片手で2本のコーラの瓶を器用に持ちながら笑った。
「彼女って・・・。」「如月のクラスメートで、如月が唯一名前で呼んでる子。」
「ちゃん?」「ソウソウ、チャン。」
喧嘩ってなんのこと?と、聞く前にマルコくんは溜め息を吐いて、やや大げさな身振りで僕の肩を叩いた。
最近、彼は僕とちゃんのことになると何故か絡んでくることが多い。
最初は彼女に興味があるからなんだろうかと思っていたけれど、そうでもないようだ。
どうやら僕と一緒にいるところに思うことがあるようで、部活の前には「今日はどーだった?」と必ず聞いてくる。
マルコくんは秘密主義なところがあって、部の情報に気を使っている。
だからといって、そんなに部員の交友関係まで気になるんだろうか。
彼女がどこかの学校のスパイとでもいうのだろうか。
でも・・・確かに僕なんかと仲良くしても良いことなんて一つもない。
そうだ、そういえば彼女、アメフトに興味が出たとか言ってたけど、僕からいろいろ聞きだそうとしていたんだろうか?
恐ろしくなって今までのことを振り返っていると、マルコくんは
「えっ!?そんなに落ち込むなよ!ただの喧嘩だろ?」と急に慌て出した。
「別に喧嘩はしてない、と思うけど。」「廊下で痴話喧嘩してたって聞いたけど。」「痴話喧嘩?」
彼の言わんとすることに検討もつかず思わず黙りこむ。
彼は彼で僕の返答に納得してないような顔で黙りこんだ。
お互い黙り込んでいると、ロッカールームの扉が開き天狗先輩が驚いて僕たちを交互に見た。
あれから、僕が今日起こった事を全て話すと
「お前、馬鹿だな。」
と、天狗先輩が呟いてマルコくんも頷いた。
やっぱりちゃんはスパイなんだろうか、でも・・・。
マルコくんは僕の考えていることがわかったのか、本日2度目の大きな溜め息を吐いて額に手を当てた。
「いや、多分ちゃんはスパイじゃないよ。けど・・・。」
「けど?」
「けど、ねぇ?」「なぁ?」
僕の問いかけには答えず、マルコくんと天狗先輩はお互い目配せをする。
目配せ終わると天狗先輩は面白くなさそうな顔で僕をじっと見た。
マルコくんは呆れた顔で僕をじっと見る。
「な、なに?」
二人の視線に思わずたじろぐ。
「呼べばいいじゃん。」
「そうだよ。呼べばいいじゃん。」
「え!?い、いいの?」
僕が目を丸くすると、マルコくんも天狗先輩も無表情で頷いた。
すごい!あの秘密主義のマルコくんから許しが出るなんて!
やっぱりマルコくんもちゃんはスパイじゃないと思ってたんだ。
僕はすっかり安心して二人に「ありがとう!」と言うと、さっそく彼女にメールを送ることにした。
後ろでマルコくんは本日3度目の溜め息を吐き、天狗先輩は「あーあ!」と声を上げるとロッカールームから出て行ってしまった。
メールを送り終えて、さぁ今日も練習頑張ろう!と気合を入れるとマルコくんの笑い声が聞こえる。
僕がマルコくんに抗議しようとすると鞄から着信音が鳴った。
「電話?」「ちゃんからだ。」「愛だねぇ。」
愛って?と振り返ると、マルコくんは「早く出てあげなよ。」と苦笑いする。
頷いて通話ボタンを押すと彼女の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「もしもし、ちゃん?・・・うん、うん。次の日曜日の練習試合、見に来ても大丈夫だって!」
電話の向こうのちゃんから歓声が上がる。
彼女の歓声に思わず僕も笑みがこぼれた。
話すのに夢中になっていると、肩をポンっと叩かれる。
見上げるとマルコくんがウィンクした。
「ありがとうマルコくん!」
お礼を言うと、手をヒラヒラさせながらマルコくんは笑った。
ロッカールームから出て行くマルコくんの背中に向って、僕はもう一度口を開いた。
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某サイト様が好きで企画された時に捧げた物なのですが・・・。
掲載しても大丈夫だったかな。
もし、見てくださって嫌だったら申し出てください。すぐに取り下げます!
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