
友達に「一人だと心細いから一緒になって!」とお願いされたアメフト部のマネージャー業を私は未だに続けていた。友達は夏の前に辞めてしまった。その他にも何十人といた新人マネージャー達は辞めていってしまった。仕事が辛すぎだからだ。もちろん私も友達と一緒にやめようと思ったのだ。でも辞めれなかった。辞めると言う前に辞めた人の分までどんどん仕事が回ってきてしまって、とうとう今日まで言い出せなかったのだ。
夏休みのグラウンドはこの世の地獄かよ、というくらい暑い。本気で地球温暖化が止まりますようにと願いながら部員達のタオルを用意していく。私は下っ端の新人なので6軍のマネージャーをしているのだが、なにしろ人数が多いのでタオルを用意するのにも時間がかかってしまう。ふとグラウンドの方を見るとみんなこの暑い中でちゃんと練習している。みんな偉すぎだ。少ししか動いてない私の額にも汗が流れる。じっとしてても汗が流れるなんて今年の夏は本当にやばい。
しばらくぼんやりとグラウンドの練習を見ていたけれど、ユニフォームを洗濯機で洗っていたのを思い出して部室の方へと走る。途中で「おう!」と通りすがる人に挨拶される。最近になってようやく顔を覚えてもらえたらしい。こちらは200人以上いる部員の顔なんて覚えられないのだけれど、それでも嬉しいもので「お疲れ様です!」と挨拶しながら駆け抜ける。6軍の部室に着くと部室の横にある洗濯機は丁度洗濯が終了していた。急いで洗濯機から出して干していく。第二段の洗濯もあるのだ。すでに洗濯待ちの籠には山盛りに洗物が溜まっていた。
一通り干し終わると、再び洗濯機を回した。一息つく間もなく次の仕事をするために1軍の部室に走っていく。ドリンクを作らなくてはいけないのだが、ドリンクの粉が1軍の部室にしか置いてないのだ。だいたい3年生の先輩マネージャーさんが部室にいて渡してくれるので良いのだが、どうにも1軍の人には慣れない。近寄りがたいというより怖い。それに1軍だったら1年生でも6軍の上級生に敬語を使わず話すのだから運動部としてどうなのかとも思う。他の運動部でそんなことしたら先輩に睨まれて大変なことになりそうだ。
1軍の部室のドアをノックすると誰も開けてはくれなかった。どうやら1軍は1軍内で試合でもやってるのか全員出払っているようだった。困ったことになった。同じ部とはいえさすがに6軍のマネージャーが1軍の部室には入れない。でも早くしないと6軍のみんなの喉が渇いてしまう。どうしようと途方にくれていると突然ドアが開いた。やった!と思ったのも一瞬で、直後に私は固まった。中からどう見てもシャワーを浴び終わった直後の大和くんが出てきたのだ。
「ああ、ごめん。ノックの音は聞こえてたんだけど。体が拭けてなかったからさ。」そう言いながらも頭をわしゃわしゃとタオルで拭いていた。しかし、下はタオル1枚を巻いているだけだ。体を拭いたなら服も着てください、と言いかけたが止めた。そんなことよりドリンクの粉が必要だ。「あの、ドリンク作りたいので粉が欲しいんですが。」「粉?ああ、ちょっと待って。」大和くんは部室の奥に消えていった。救世主だ!と感じながら待っていると再びドアが開く。「ごめん。どこにあるのかわからない。」大和くんは救世主でもなくただの役立たずだった。「中に入って探してくれるかい?」手招きされたので私は躊躇いもなく1軍の部室に入って行った。
一軍の部室は見れば見るほど6軍とは大違いだった。外観からして違うけれど、中身はもっともっと違った。これはもう立派な格差社会だ。私が珍しそうに見ているのに気づいた大和くんは「6軍とは大違いだろ?」と笑った。そういえばどんな人でも最初の日は部の決まりで6軍からの出発だから、あの汚い6軍の部室で彼も着がえたのだろうか。「1軍は待遇が良くていいですね。」私は適当に相槌を打ってドリンクの粉を探す。いつも先輩が緑色の箱から出していたと記憶していたのだが、その緑の箱が見当たらない。おかしいな、そう思っていると大和くんは何を思ったのか服に着がえはじめた。なにしてんだこいつ!と声にならない叫び声を上げながら反対方向を向いた。いくらマネージャーとはいえ男子の着がえを見るのは抵抗がある。「あれ?先輩のマネージャーたちは俺たちの着がえを見ても全然平気だけど。」大和くんは朗らかに笑った。平気なわけあるか。しかし、先輩はすごいな。きっと3年間の間に鍛えられたのだろう。でもそんなの嫌だ。ますますマネージャーを辞めたくなってきた。
「なんか無いですね。私、買ってきます。」散々探してもドリンクの粉は見つからなかった。大和くんは横で見てただけだけれど。「本当に買ってくるの?」「は?」突然、大和くんは顔はにこにこしながらも私の肩をがっちり掴んできた。とても怖い。「ひっ!え、っと、離してくださ、い?」「6軍のためなんかに暑いなか買い物に行くの?」すごい力で押さえつけられて私の足は地面と接着剤でくっついたように動かなかった。大和くんの顔は笑っているのに、その笑顔は怖い。背中に冷たい汗が流れる。私は彼を怒らせる何かをしてしまったのだろうか。今までのことを振り返っても私と大和くんはあまり関わってないから怒らせるようなことは彼にしてないはずだ。それならどうしていったい。このような状況を作り出した原因は何なのだろう。足りない頭をフル回転させていると、大和くんは掴んでいた私の肩から手を離した。自由になった体は恐怖で震えている。ああ、よくわかんないけど私なにかしちゃったなんて!過去の私の馬鹿アホ馬鹿!「あ、あの、ごめんなさい。」私は潔く謝ることにした。何をしたのか分からないが、彼を怒らせていることだけは確かなのだから。
「マネージャーは実力で仕事を決めるわけじゃないらしいんだ。」「そ、そうなんですか。」反射的に返答したけれど、突然のマネージャーの話に展開が読めない。それにマネージャーの実力ってなんだろうか。洗濯物をいかにふんわり柔らかに仕上げられるか、とかだろうか。「俺はが1軍のマネージャーになるべきだと考えてる。」「え、それはどうも。」あれ?好意的なのか。っていうか、いきなり名前を呼び捨てにされたんだけれど。さすが帰国子女。複雑な心境で大和くんを見上げると今度は顔にはっきりと怒りの表情が浮かんでいた。「だから、平良氏にを1軍のマネージャーにしてくれるように頼んだよ。でもマネージャーは選手と違って年功序列だから駄目だと言われたんだ。」大和くんはガンっと壁を拳で叩いた。穴は開かなかったけれど壁が少しへこんだような気がする。これは相当なお怒りみたいだ。「俺は知ってるんだ。が嫌な顔せず毎日何回も洗濯してたり、大量のタオルやドリンクを用意したり、部員が帰った後に残って掃除したり防具の手入れをしていること。本当にのマネージャーとしての働きぶりは素晴らしいよ!」息継ぎもせず大和くんは大きな声でそう言うと、満面の笑みを浮かべた。私は褒められたことに内心嬉しくてちょっとドキドキした。毎日自分なりに必死にやってきたけど誰も評価なんてしてくれなかったから、まさか1軍の、それも主力選手の大和くんが私みたいな下っ端のマネージャーの仕事を見ていてくれたなんて涙が出るくらい嬉しかった。
「でも、先輩たちより経験がない私なんかじゃ1軍の人たちの役に立たないと思うし、それに私が1軍のマネージャーになったら6軍のマネージャーがいなくなっちゃうし。」それに実は未だに私はアメフトのルールをそんなによくわかってなかった。そんなやつが1軍のマネージャーにはなれるわけがないと思う。曖昧に笑うと大和くんはガバっと私の両肩をまた掴んだ。「6軍のマネージャーなら手が空いている人がやればいいじゃないか!やっぱり俺はに1軍のマネージャーをやってもらいたい!」大和くんはまるで演説しているような迫力だった。圧倒されて何も言えないでいると、大和くんは急に座って頭を抱え出した。「だ、大丈夫!?」「いや、違うんだ!」すぐに大和くんは立ち上がった。でもその顔は真っ赤だった。どうしたんだ一体。私が不審に思っていると大和くんは手を後ろに組んで、まるで応援団の姿勢のようになる。な、何をはじめる気なんだ大和猛。私はさらに彼を不審に思い身構えた。
「本当のことを言うと、1軍のマネージャーになってもらいたいとかじゃないんだ。」「はい?」さっき1軍のマネージャーになってほしいと言ったのは自分なのに、あれはお世辞だったのか。大和くんってお世辞とか言うタイプには見えないんだけど。まぁでも彼も人間関係を円滑にするにはお世辞の一つや二つくらい言うかもな。そんなことを考えていると大和くんはやっぱり顔が赤いままで立っている。「には側にいてもらいたいんだ。」はっきりと通る声で言われ、私は顔が熱くなるのがわかった。「好きなんだ。」大和くんの顔はアメフトをしてるときみたいな大人びた顔じゃなかった。そこには16歳の大和くんがいた。